1. アナウンサー日記
  2. 一柳 信行

野球が無い時期は会社にいることが多くなる私。社内にいる時間が長いと普段見えなかったものが見えたり、気が付かなかったことにあらためて気付かされることがたくさんあります。

そんな私が昨年の秋から気になってしかたがないことがあります。


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アナウンス部

11月の中旬になりました。カープの41年振りの優勝パレードが終わり、湧き上がった広島の街も少し静けさが戻ってきました。
RCC中がカープに夢中になっていた10月、野球好きの社員達にとって1年に1度の大イベントがありました。この日記を何度も読んで下さっているあなたなら、もうおわかりでしょう。
そうです。JNN中四国野球大会です。


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プロ野球は交流戦も終わり、今度の節目はオールスター戦というところでしょうか。
連日ファンの期待と声援を受け、カクテル光線の下熱戦を繰り広げるカープも気になりますが、私一柳、久しぶりに野球に興じてきました。
と言ってもちょっと前のことになりましたが、高校野球OBが再度甲子園を目指す大会、マスターズ甲子園の広島県予選に出て来ました。


大会自体は10年位前から始まっているものの、我が校は参加し始めて今年は3年目。
選手登録は50人位しているはずですが、試合の日が仕事と重なることもあり、来られる選手は結構少ない。
私も一昨年と去年は都合がつかず欠場。
今年は休みの日に当たってくれてラッキー!。
初出場にこぎつけたのでした。


20代30代の頃はまだ10代の余力でそこそこ動けていました。
RCC野球部の活動も活発で、何とかなっていました。
しかし、今40代後半。
特にこの5年くらいは野球部の試合に2~3試合しか行けていません。
今回も、丁度1年前位にこの大会に向けて1日練習しましたが、それ以来のユニフォーム姿です。


で、久しぶりのユニフォーム姿が、これです。


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ど~です? 因みに相手は、去年の広島県代表の広陵。
打者が私。
真ん中に写っている大きな捕手が、広陵の選手。
明らかに私よりもでっかい。
さすが名門校の出身者は体つきが違った。

この大会、幅広い年齢層の選手が出場できるようにとの配慮から、若い選手は試合の前半に、我々おっさん組は試合後半からの出場がメインになります。
まずは、サードの守備から入った私。
一番守り慣れたポジションのはずなのに、久しぶりの試合なので、守備に全く自信がない・・・。
「絶対に飛んでくるな!」と弱気モード全開で守っていました。
そうしたら、念ずれば花開く?だったのか、一度も飛んで来ませんでした。
恥をかかずにすみました。

でも、打つほうは何となく自信があったんです。
根拠はありませんでしたけど。
というわけで、迎えた最終回2死で私に打席が回ってきました。
それが、さっきの写真のシーンです。
次打者サークルには、私の代に4番を打っていた同級生が控えていました。
彼は今、滋賀県に住んでいます。この日の試合のためにわざわざ新幹線で帰広して来ました。彼も私と同じ様に守備から入っていたため、この打席が初打席になります。
もし私が出塁出来なければ、彼は一度も打席に立てずに滋賀に帰らなければならなくなります。
彼のためにも、私一柳は、絶対に打たなければならなかったわけです。


追い込まれて迎えた5球目。
打球は見事にレフトスタンドに消えていく大ホームラン!。
「男一柳、新井ばりの渾身のフルスイングで、同級生につなぎました!」
となれば、熱闘甲子園のような美しい青春物語で話は完結するのですが、
もう我々は青春時代には戻れません。

内角低めの速球を自信を持って見送った私に、無情にも球審の「ストラーイクッ!!」のコールが突き刺さりました。
球が投手の指から離れた瞬間、捕手の「よ~し!」の声。
「何言ってるんだ。ボールじゃん」と思って見送りましたが、後の祭り。
球審がストライクとコールすればそれまで。
同級生につなぐことは出来ませんでした。

夜、高校のある廿日市市内で打ち上げ。
私は夜勤に当たっていたので宴席には行かず、そのまま会社に直行しましたが、その席は、去年は私の別の同級生の見逃し三振で試合終了、今年も私の見逃し三振で試合終了、同学年の2年連続の失態ぶりにそれはそれで盛り上がったようです。

それにしても、やはり見逃し三振って、精神的にかなりへこみますね。
もうちょっとしたら、高校野球の甲子園県予選が始まります。
たった1校を除いて、あとの高校は例外なく敗れていきます。
その瞬間が見逃し三振になることのないよう、おっちゃんは祈っています。

最後に、試合直後の写真を1枚パチリ。


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2列目右から3人目が、私一柳。
同列左から2人目は私の1学年後輩。
彼は日本ハムの投手有原航平が中学時代、野球クラブチームの監督として直接指導をしていました。
因みに前列右から2人目は、清原和博氏ではありません。
よく似てはいるようですが・・・。



 私は、生来ファッションに無頓着です。時計にもそんなに凝りませんし、装飾品にもさほど興味はありません。
髪形も未だに自分でどんなのが似合うのかすら分かっていません。
これはたぶん、多感な時期に野球ばかりして、ジャージしか着なかった青春時代を過ごした弊害?と思っています(そういえば、中学時代、試合にギラギラのネックレスをしてきた同級生がいて、そいつはすぐに監督に大説教をされていた。さすがに高校時代はそんな同級生はいませんでしたが)。
だから、若い男がギラギラしたネックレスをしているのを見かけたり、キンピカのごっつい腕時計をしているのを目にすると、「こいつ、チャらいな」と思っています。

そんな私ですが、ここ何年かは、「それくらいは良いでしょう」と考えを変えた物が2つあります。
1つは、チタン入りのネックレス。よくプロ野球選手が首にかけているあれです。
聞くところによると、体調が良くなったり体の柔軟性が高まるとのこと。
疲れが出てくる夏場や、野球部の試合がある日にはすることにしています。
いただき物なのですが、軽いし、嫌みに見えないので、もう10年くらい愛用しています。

もう1つはこれです。


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この腕輪は、今月上旬に高校野球部の大先輩からいただいた物です。
その大先輩は、廿日市市の極楽寺山で、極楽寺の住職をされています。
菅梅行恭さんといいまして、ミスター赤ヘル山本浩二氏と同級生です。高校3年の夏は「3番サード菅梅、4番ピッチャー山本」で活躍され、甲子園にはわずかに手が届かなかったものの、新聞社から広島県内のベストナインに選ばれた好選手でした。
家業のお寺さんを継ぐため、京都の大学を卒業後帰広され、今に至るそうです。
そんな大先輩とも長いお付き合いをさせていただいています。

さて、この腕輪ですが、紫色の珠は水晶で出来ています。ほのかに白檀の香りもします。
驚いたのは、茶色した木の部分です。
よ~く目を凝らして見ると、小さな文字が刻まれています。
 


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この文字はお経なんだそうです。
お経が刻まれたものを身に着けていると、なんとなく目に見えない何かに守られているような気分になります。
いただいた際の袋を見てみると、きちんと「御守護」とも書かれてありました。
そして入っていた桐の箱の中には、仏像の絵の上に「願い叶う腕輪」とも書かれていました。
世代は違えども、同じ学校の同じグラウンドで汗を流した後輩ということでそこまでして下さる姿に、感謝の気持ちでいっぱいになって極楽寺を後にしました。

この腕輪、翌日からすぐに使っています。
テレビに出ている際に手元を撮った時、ひょっとすると映ることがあるかもしれませんが、これは御守りであり、願い事がかなうためのもの。
決してファッションではありません。

そ~です。
私はチャラくないんです!。


プロ野球シーズンが終わり、個人的にはちょっとホッとできる時期になっています。
そして、この時期になると、野球シーズンにはしていない仕事が舞い込んできます。
情報バラエティー系番組の中継・ロケやイベントの司会が、私の場合それにあたります。

というわけで、今月下旬に1つ行ってきたのが、母校の記念イベントの司会です。
(正確にいうと、これは仕事というより恩返しのようなものです)
実は、私の母校県立廿日市高校が、今年創立100周年を迎えました。
我が母校の大物OBは、ご存じミスター赤ヘル・山本浩二さん。
その大OBを迎え、昼は現役生徒や学校関係者を前にトークショー。
夜は広島市内に会場を移し、歴代の卒業生との記念祝賀会でした。

昼の部で驚いたのは、生徒会長の挨拶の立派なこと。
国会・県会・市議会議員をはじめ多数の教育関係者を前に、堂々とした姿でした。
彼女は全く声が震えることなく大役を果たし終えました。
まさに「びっくりポン!」な女の子。相当肝が据わっていました。
そして現役の生徒達が楽しみにしていたのは、ミスターのトークショー。
実際の回し役はRCCアナウンサーの先輩であり、母校の先輩でもある川島宏治氏がされたので、私はミスターの隣で、その言葉一つ一つに「へぇ~」「ほぉ~」「それで、そのあとは?」くらいしか喋りませんでしたが、生徒たちは目の前にいるミスターの姿や肉声を聞くことで、喜んでくれていたように見えました。

夜の部の祝賀会は司会者らしいお喋りをしたわけですが、もう460人以上もいると、とにかく先輩方は凄いんです。
シャンソン歌手の奥田晶子さんの校歌独唱は、その迫力に圧倒されましたが、もう鏡開きからグチャグチャ。
100年にわたり多様な人材を輩出している通り、全く皆さん檀上で同じ方向を向かない(笑)。
ウクレレ奏者寺本隆さんの演奏に聞き入ったと思いきや、歌手のREDEYEさんの歌には両手を振り上げてスイングの連続。
四十肩五十肩の先輩方は無理しないでください!と言っておけばよかった・・・。
そんななか、今春卒業したばかりの花岡なつみさんが、今年の日本レコード大賞の新人賞にノミネートされたとの知らせも入り、そこでも大盛り上がり。

さて、芸能関係から議員まで幅広い卒業生がそろう中、ミスターは最後まで祝賀会に同席してくださいました。
もうとにかく皆が一緒に写真を撮りたがるので、ミスターはほとんど食事をとれない。
そういう状態が続くにもかかわらず、常に笑顔で写真に納まり続ける姿は見習わなければと思いました。

なのに、野球部の同級生と野球部のOB会長が私のところへやって来た。
「浩二さんに一緒に写真写ってもらえないか、一柳から頼んでくれ。」
同級生からだけの頼みなら、ちょっと遠慮したほうがええんじゃない?まだ全然お食事とっていらっしゃらないし・・・と言えたが、OB会長までニコニコして私のところに来られては仕方がない。
ここは野球部の直接の後輩であることを武器にお願いしたところ、すぐに快諾してくださいました。
 

それが、この写真です。

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当日出席していた野球部同級生5人がミスターと一緒に写りましたが、OB会長と一緒に写るのを忘れていました。
OB会長すみません・・・。

そして、その直後にミスターはこうおっしゃいました。
 

「イモの水割りをくれないか?」



私一柳は、すぐにミスターのお酒を用意しに会場を走りました。
ミスターは、いも焼酎がお好きなことがわかりました。

そんなこんなで100周年記念祝賀会は幕を閉じました。
司会の仕事をしていたのでほとんど食事をとれなかった私に、同級生軍団がご馳走してくれるということになり、2次会に行きました。
でも会計時には、なぜか割り勘になっていました。あれっ?
創立100周年。本当に多様な人物がいるものです。


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