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  4. マスターズ甲子園。

プロ野球は交流戦も終わり、今度の節目はオールスター戦というところでしょうか。
連日ファンの期待と声援を受け、カクテル光線の下熱戦を繰り広げるカープも気になりますが、私一柳、久しぶりに野球に興じてきました。
と言ってもちょっと前のことになりましたが、高校野球OBが再度甲子園を目指す大会、マスターズ甲子園の広島県予選に出て来ました。


大会自体は10年位前から始まっているものの、我が校は参加し始めて今年は3年目。
選手登録は50人位しているはずですが、試合の日が仕事と重なることもあり、来られる選手は結構少ない。
私も一昨年と去年は都合がつかず欠場。
今年は休みの日に当たってくれてラッキー!。
初出場にこぎつけたのでした。


20代30代の頃はまだ10代の余力でそこそこ動けていました。
RCC野球部の活動も活発で、何とかなっていました。
しかし、今40代後半。
特にこの5年くらいは野球部の試合に2~3試合しか行けていません。
今回も、丁度1年前位にこの大会に向けて1日練習しましたが、それ以来のユニフォーム姿です。


で、久しぶりのユニフォーム姿が、これです。


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ど~です? 因みに相手は、去年の広島県代表の広陵。
打者が私。
真ん中に写っている大きな捕手が、広陵の選手。
明らかに私よりもでっかい。
さすが名門校の出身者は体つきが違った。

この大会、幅広い年齢層の選手が出場できるようにとの配慮から、若い選手は試合の前半に、我々おっさん組は試合後半からの出場がメインになります。
まずは、サードの守備から入った私。
一番守り慣れたポジションのはずなのに、久しぶりの試合なので、守備に全く自信がない・・・。
「絶対に飛んでくるな!」と弱気モード全開で守っていました。
そうしたら、念ずれば花開く?だったのか、一度も飛んで来ませんでした。
恥をかかずにすみました。

でも、打つほうは何となく自信があったんです。
根拠はありませんでしたけど。
というわけで、迎えた最終回2死で私に打席が回ってきました。
それが、さっきの写真のシーンです。
次打者サークルには、私の代に4番を打っていた同級生が控えていました。
彼は今、滋賀県に住んでいます。この日の試合のためにわざわざ新幹線で帰広して来ました。彼も私と同じ様に守備から入っていたため、この打席が初打席になります。
もし私が出塁出来なければ、彼は一度も打席に立てずに滋賀に帰らなければならなくなります。
彼のためにも、私一柳は、絶対に打たなければならなかったわけです。


追い込まれて迎えた5球目。
打球は見事にレフトスタンドに消えていく大ホームラン!。
「男一柳、新井ばりの渾身のフルスイングで、同級生につなぎました!」
となれば、熱闘甲子園のような美しい青春物語で話は完結するのですが、
もう我々は青春時代には戻れません。

内角低めの速球を自信を持って見送った私に、無情にも球審の「ストラーイクッ!!」のコールが突き刺さりました。
球が投手の指から離れた瞬間、捕手の「よ~し!」の声。
「何言ってるんだ。ボールじゃん」と思って見送りましたが、後の祭り。
球審がストライクとコールすればそれまで。
同級生につなぐことは出来ませんでした。

夜、高校のある廿日市市内で打ち上げ。
私は夜勤に当たっていたので宴席には行かず、そのまま会社に直行しましたが、その席は、去年は私の別の同級生の見逃し三振で試合終了、今年も私の見逃し三振で試合終了、同学年の2年連続の失態ぶりにそれはそれで盛り上がったようです。

それにしても、やはり見逃し三振って、精神的にかなりへこみますね。
もうちょっとしたら、高校野球の甲子園県予選が始まります。
たった1校を除いて、あとの高校は例外なく敗れていきます。
その瞬間が見逃し三振になることのないよう、おっちゃんは祈っています。

最後に、試合直後の写真を1枚パチリ。


image


2列目右から3人目が、私一柳。
同列左から2人目は私の1学年後輩。
彼は日本ハムの投手有原航平が中学時代、野球クラブチームの監督として直接指導をしていました。
因みに前列右から2人目は、清原和博氏ではありません。
よく似てはいるようですが・・・。

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