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2015年も残すところあと1週間です。
33歳を迎えた1年。個人的には前半はカープに、後半はサンフレッチェに染まった1年でした。
特に日本一&世界3位に輝いたサンフレッチェからは感動をもらいました。

勝手に自分とサンフレやサッカーの歴史を振り返ってみると…
クラブ発足と同時に当時あった小学生用のサンフレクラブ会員になりました。
当時は高木琢也、前川和也といった大きな選手に憧れ、広島スタジアムにも自転車で通った日々を思い出します。
1994年にビッグアーチであったオールスターは兄と一緒に観戦。バスを出待ちして、ジーコを窓越しに撮った写真は宝物です☆

中学生の頃は、サッカー部でゴールキーパー。決して強くないチームだったのでキーパーは大忙しで、ある意味楽しかったですね。サンフレッチェのキーパースクールに参加したのも懐かしい思い出です♪

高校1年だった1998年。初のワールドカップ出場で日本中が沸いた時でした。TVゲームのウィニングイレブンにはまったのもこの頃からですね(笑)
4年後の大学2年の時は神奈川に住んでいましたが、日韓ワールドカップで授業どころではなかったのを思い出します。サンフレの成績的には苦しい時期だったかもしれませんが、国立競技場、味の素スタジアム、横浜国際競技場など、関東のスタジアムでの応援は脳裏に焼き付いています。

社会人1年目の2005年は、クラブワールドカップの3位決定戦&決勝を横浜で観ましたが、まさかその10年後、サンフレがその大会に出ているとは…。
2007年にはイタリアでACミランvsセルティックをサンシーロで観戦。海外のサポーターのサッカーに対する熱の入れ方に衝撃を受けました。

RCCに入ってもJ1・J2入れ替え戦が行われた京都へバスツアーで一人観戦。
J2降格後も、熊本での試合へ一人観戦。
去年のナビスコカップ決勝も個人的に埼玉スタジアムへ向かいました。(まさかの逆転負けでしたが、あのガンバ戦での教訓が今年のチャンピオンシップに生きた気がします)

そして迎えた今年。
10月以降、毎週のように吉田町に一人で取材。(ラジオですからね)
カープの最終戦の日にも吉田へサンフレの練習取材へ行くと、「きょうは吉田じゃないでしょ」とエースストライカーに突っ込まれました…(苦笑)。
でも、それだけ今年のサンフレッチェに個人的にも期待していたわけです。

正念場を迎えて、柏がケガをすると山岸の活躍。水本がケガをすると佐々木が活躍。誰が出ても同じレベルのサッカーができるのは本当にすごいことです。「腐りそうでも腐らなかった」というある選手の言葉が印象的でしたが、練習での紅白戦で控え組が本気で主力組を喰ってかかろうとしている姿に強さを感じました。そしてその試合に出られない選手のモチベーションを維持し続け、主力組にも成長を促した監督の手腕は脱帽です。

そして、リーグ最終戦ではラジオ実況。
佐藤寿人のJ1通算最多ゴールを電波を通じてお届けできたのは幸せでした。
(歓声が大きく、私の実況は聞こえなかったと思いますが、サポーターの声がゴールの証でした(笑))

チャンピオンシップ第2戦ではピッチリポーターとして、森保監督の10mほどの場所で優勝の瞬間を見ることができ本当に幸せでした♪


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テレビの優勝特番のMCを担当しながら、選手とともに喜びを分かち合えて感無量。
終わってエディオンスタジアムを出ようとしたのが深夜2時過ぎ。
たまたま森保監督がタクシーに乗って帰るのと同じタイミングでしたが、車窓から笑顔で私たちに手を振ってくれて疲れが一気に吹き飛びました☆監督が1番疲れているはずなのにその気遣い…最優秀監督の人柄はこんなところにも表れるんでしょうね。


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そして23日に行われた優勝パレード。
私は・・・プライベートで普通に平和大通りでサポーターとして参加(^^)

小雨降る中でしたが、シャーレを持った監督の笑顔、手を突き上げる青山主将など、スタジアムとは違った選手の姿はかっこよく映りました。
 


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さて、サンフレッチェの戦いはまだ天皇杯が残っています。
そして残っているというと、大晦日にRCCラジオで“ココスポ”のスペシャルが私の大きな仕事として残っています!
サンフレッチェの柏選手のインタビュー&広島の年末年始に大きな大会を控えているチームを直撃!
大晦日の午前9時から2時間40分の生放送です♪

そして、ひとあし早いですが、今年も1年ありがとうございました。
2016年も石田をはじめ、RCCのテレビ、ラジオをよろしくお願いいたします☆


9月1日の朝5時30分。
普段であれば人の姿はまばらな時間帯ですが、
夜明け前のRCC報道センターに、40人を超える大勢のスタッフが集まりました。
いつもは一緒にカープのナイター中継を担当しているスポーツ部員の姿もあります。
「防災の日」の朝に合わせて、広島での大地震を想定しての特別番組の訓練を行ったためです。


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会社の外に出て、中継する記者もいましたが、
私と2年目の中根アナはスタジオで刻々と変化する被害状況などを伝える係りでした。


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普段はパソコンできれいに印刷された原稿をニュースでは読んでいますが、緊急時には手書きの原稿もありますし、イアホンによる指示をそのまま口にすることもあります。また地名をどこまで噛み砕けば、全国ネットの特番でも視聴者にわかってもらえるのかなど、思考回路をフル活用です。
停電や携帯電話が満足に使えない状況下で何を伝えられるかも考えなければなりません。
また東日本大震災後、津波に対する表現など、放送で使う言葉も変わりました。

さらにRCCでは他の民放と違いラジオもあります。
災害時にはラジオの存在が高まると言われますが、映像がない中で、正確な情報をいかに届けられるかが問われます。


14年前の2001年3月24日。最大震度6弱の芸予地震がありました。
当時、大学進学直前の春休み。
家でテレビを見ていると、地鳴りと突き上げる縦揺れ、そして横揺れが襲ってきました。
住んでいた南区は震度5弱を観測。2階の私の部屋はCDが散乱し、その上にCDプレーヤーが落下し、お気に入りのCDが割れてしまいました。
逆に言うと、その程度で収まり幸運だったわけですが、揺れている間に、冷静さを失った自分がいたことを覚えています。

芸予地震からあと半年で15年。
そして、仕事に広島のマスコミを選んだ自分がいます。

東日本大震災では、自らも被災者でありながら、仕事で数日、家に帰れないアナウンサーもいました。その中で、不安や恐怖を感じながらも、冷静かつ正しく伝えようとする姿は、心打たれるものがありました。

もちろんこの朝、訓練で使った表現を、本当にマイクの前で使う日が来ないことを祈るばかりですが、万が一の時に、自分がどう動かなければならないのか、それを改めて客観視した今年の防災の日でした。


2015年の大型連休、みなさんはどんな日々を過ごされましたか?
4/29から5/7までの9日間の自分をふりかえると…

4/29夜勤
4/30カープ中継ラジオリポーター
5/1サンフレッチェ取材
5/2サンフレッチェラジオ実況
5/3フラワーフェスティバルパレード中継
5/4カープ中継ラジオリポーター
5/5フラワーフェスティバルステージ司会
5/6カープ中継ラジオリポーター
5/7夜勤

休みはゼロですが、広島のGWをまさに満喫!
サンフレッチェはベガルタに2-0で勝利☆
野津田選手&浅野選手の20歳コンビのゴールは嬉しかったですね♪
青山選手のピンポイントロングアシストも驚きでした(^^;

フラワーでは、初日・雨が降る中、中根アナとおいしいグルメを堪能♪
米沢牛コロッケに、札幌味噌ラーメン(黒ベーコンのせ)、生ラムの炭焼き、ホタテ、もちもちワラビもちなどなど。
3日目のステージでは久保田アナと「よさこい」の司会。
快晴の下、54組の個性あふれる演舞に酔いしれました♪

そしてカープは巨人相手に同一カード3連勝!
試合後緒方監督にインタビューをしましたが、「ミスが目立つし、まだ借金がある」と全く表情は緩みませんでした。ただGWの9連戦を5勝4敗で乗り切りました。
巨人とはまた12日(火)から東京ドームで戦います。私もラジオリポーターとして現地へ向かいますが、各選手ともいいイメージをもって臨んでほしいですね♪

とにかく、今年のGWは、広島のスポーツ&イベントに携わることができて良かったです。

そして9連勤のあとの休みが5/8(金)。
実は、この日。GWの期間中のどの日よりも、休みが欲しかったのです☆
その理由は



妻の誕生日!
しっかり家族サービスします(笑)
 


雪の年末年始

石田 充

あけましておめでとうございます。

2014年の大晦日。
年末の仕事は、ラジオ中継で「ヒツジと仲良くなる」でした☆

場所は雪が20cm以上積もっている
北広島町西八幡の「前ファーム」


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~右側の白い建物の中に羊がいました~

60頭ほどの羊がお出迎えしてくれ、
中継では私のひざを両側から2頭が挟んでくれました。


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~生中継は『♪メ~、メ~』鳴いて私の声がかき消されるほどでした(笑)~


そして年が明けて、最初の仕事は「高校女子サッカー」の実況でした。

兵庫で1月3日から行われた全国大会で、
アナウンサーもTBSや大阪のMBS、静岡の局など全国から集いました。

ただ、驚かされたのが「雪」。

開幕日の3日は神戸も雪が積もりました。
会場は神戸市の北西にある三木市。
その試合会場に向かうまでの道で路面が凍結。
スタッドレスタイヤをつけたタクシーも、ハンドルがきかない状態で坂道で立ち往生。
お客ではありますが、我々スタッフも車を降りて、手で押しながら、なんとか坂を抜けました。
(通常は40分ほどで着く道ですが、その倍の時間がかかりました…)


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~試合会場もこの雪。ただ無事に試合は行われました~

さて、「女子の高校サッカー」は男子に比べて、知名度が低いかもしれません。
年始に選手権が行われるようになったのも2012年からです。

ただレベルは世界No.1ともいえます。
というのも、去年行われた17歳以下のワールドカップで日本代表は優勝!

実況していても、本当に華麗なプレーと力強さが垣間見え、熱くなりました。


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~大会2日目は快晴!でも放送席は寒かった~!~

広島から出場した「文京女子大学附属高校」は、残念ながら初戦敗退でしたが、
注目の2年生・MF神田若帆選手が豪快なゴールを決めました。
149cmと小柄ですが、日本代表候補の経験も有り、テクニックはすごいです。
3年生となる2015年。注目の女子アスリートだと思います☆

そして、この週末は全国男子駅伝
20回目の節目に、広島県チームはどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!?
1回大会は中学1年の時で、逆転優勝に興奮したのを今でも覚えています。

ちなみに私は4度目のバイクリポーター。
写真は2年前のレース直前の私。
こんなバイクに乗っていますので、選手のついでに見つけてみてください!


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~本番では後部座席に黒いヘルメットをかぶり乗っているので、誰だかわからないと思います(苦笑)~


胸の痛む広島市の土砂災害から約3週間が経ちました。

私の知人の関係者にも、命を落とした方や、家が住めなくなった方、車も流された方がおり、本当に他人事ではありません…。

マツダスタジアムでのカープの試合では、いまだ半旗が掲げられたままです。
安佐南区の広陵高校出身の野村祐輔投手や中田廉投手は、身近な場所での災害で同級生なども住む地域ということで大きなショックを受けていました。

私も度々現場に向かいましたが、目の前に広がる光景は、東日本大震災後に行った宮城県・南三陸町や気仙沼と似ていました。

その際、南三陸ではがれき処理のボランティアを行いました。
震災後9か月が経っており、大きな岩や流木、家の壁などはありませんでしたが、一見平坦に見える場所でも、土砂が家の基礎部分にまだ覆いかぶさっており、お皿が割れていたまま埋まっていたり、ガラスの破片も出てきたりしました。

こういった処理は、ショベルカーなどの重機ではできません。
写真やアルバム、保険証など、個人の大事なものも出てきます。
ですので、手作業で行う必要がありました。

当時の被災者の方が言われていて印象的な言葉があります。
「車や屋根など大きなものは取り除かれて、一見がれき処理は終わったかのように見えるかもしれませんが、本当のがれき処理とは『ここに住む子供たちが裸足で土の上を走り回れるようになったとき』に終わるんですよ。だから多くの“人の力”が必要なんです」


広島市内の土砂災害から3週間。
テレビ画面からは少しずつ復興している様子が伝わっていると思います。
しかし、個人的には本当のがれき処理はこれからだと感じます。

またあの場所に住むみなさん、そして子供の笑顔が見られる日が来ることを願いつつ、広島に生まれ、広島の放送局に努める人間としてできる最大限のことを考えていきます。


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