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現在、私の机の隣は空席だ。
9年前、アナウンサーの先輩たちに囲まれて座っているだけで緊張し、
何を話していいのかもよくわからなかった頃の自分を思い出す。
まもなく私の隣に、新しい仲間がやってくる。

アナウンス部に配属されてすぐの頃、やる気だけはあったものの、できることは何もなく、
アナウンス部に入ってくる先輩ひとりひとりに「お疲れ様です!」と挨拶をすることと、
ときどきかかってくる電話を誰よりも早く取るということだけに神経を集中させていた。

チャンスは突然やってくる!
電話が鳴る。ようやく仕事らしいことができるという興奮を必死に抑えながら、すぐさま受話器を取る。しかし、問題はそこからだった。
その電話をうまく先輩に回すことができず、保留ボタンを押すはずのところを、間違えてこちらから切ってしまったりというミスを、私はよく、よく犯したりしていた。
「ツーツーツーツー…」
あのときは本当にいろいろとすみませんでした。

そんな新人生活が続いたある日、
見かねた先輩がこう言った。

「いい子にして席に座っていたって、何も身につかないぞ。
今、本屋で何が一番売れているかわかるか?
本屋は社会。暇があるなら本屋にでも行って、今何が売れていて、世間はどんなことに関心があるのか見てくるといい。
ここで電話とにらめっこしているよりも、よっぽど勉強になるぞ。」

この言葉は衝撃的だった。
与えられたことで頭がいっぱいだった自分のことが、途端に恥ずかしくなった。
そうか、みんな本屋でも仕事をしているのか。
スーパーに行って旬を感じ、野菜の値段を知ることも。
季節の変わり目、街の人はどんな服装で歩いているのかを観察することも。
全てが勉強。
大きな気付きを与えてくれた、先輩からのありがたい言葉だった。

そういえば、こんなこともあった。
今思い出しても恐ろしい。

ある女性の先輩が、旅行してきたのだという。
「とってもいいところだったよ!泉水さんにも今度お土産持ってくるね。」

そんな会話をした数時間後。
自席に戻ると、机の上にきれいな包装紙に包まれたお菓子らしき箱を発見。
ただ、誰が置いたものかわからない。
何のメモもない。ひっくり返してみたりして、隅から隅まで包装紙を確認したが、箱のどこにも名前がない。
(そうか。さっき旅行の話をした。先輩がお土産をくれると言っていた。これのことか。)

(ん…そうか!社会人とは、相手に気を遣わせてはいけないので、お土産を渡す時も名前を書かずに、さりげなく置いていくのだ。ほほお、そういうことだ。
家に持ち帰ってゆっくり中身を確認してから、先輩にお礼を言おう!)

なぜか、なぜだか、
私はこのとき、都合よく、本当に都合よく、解釈してしまった。
手遅れだと分かっている今でも、あの時の自分に教えてあげたい。
待て!冷静に考えろ!
社会のどこに、送り主を書かないことが相手に気を遣わせない配慮、なんてルールがある?…残念ながらそんなルールは、ない。

家に帰り、包み紙を開けた。何種類も入った高級そうなクッキーの詰め合わせだった。
(わあ!こんなに立派なものを!)
そして何も私を止めるものはなかった。
せっかくいただいたのだから、お礼を伝えるときに、味の感想があった方がいいだろう。ひとついただいておこう。
案の定、とても美味しかった。おそらくそうだったと思う。今や味の記憶は全くないが。

「〇〇先輩へ
お土産をいただきありがとうございました。先程早速いただきました。とても美味しかったです。」とメールをしたところ、
「ん?それ私じゃないな~」との返信。

それからクシャクシャに開けられた包み紙を見つめて、茫然とした。
どんなに願っても、過ぎた時間は戻らない。

急いで会社に戻った。多分半ベソ状態。
(やってしまった。ああ、なぜ食べてしまったのか。ああバカバカ。)

その箱は隣の席の先輩のものだったことがわかった。
私の机に一時的に置いて、そのまま忘れて置いたままにしてしまったという。
野球解説者の安仁屋さんにお渡しするはずの、お菓子だった。

ガーン。本当に、ガーンである。
真っ青な顔で平謝りしかできない私を、事情を知った先輩は笑って許してくれた。
情けない、とても情けない。

同じお菓子を探そうと、閉店時間が迫るデパートを何軒か駆け回った記憶はあるが、同じものを見つけることはできなかった。

私はこのとき、机の上にあるものがすべて自分に宛てられたものではないのだということを学んだ。
いや、わかっている。普通の人だったら学ぶまでもない、当然のことである。
はい、すみません。いや本当にお恥ずかしい。

これまでを思い返してみても、失敗談は尽きない。
どこかで尽きてほしいと切実に願う。

新人の頃、胸がキューっと押しつぶされそうになった記憶。
この場から消え去りたいと思うほど、恥ずかしかった記憶。
これからも忘れてはいけないなと思う。

初心を大切に、新年度をスタートさせよう。
一日一日の積み重ねの中で、
一人一人との関わりの中で、気付けばこれまでたくさんのことを教わった。

これから新しい仲間と一緒に、私もフレッシュな姿勢で学び続けたい。

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