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  3. 一柳 信行
  4. 手放せそうにない。

あれは、1月の下旬のことだった。

「ちょっと、見てごらん。」 母が笑顔で話しかけてくる

「何?」 と応える息子の私。
それが、こちら。



丹前である。
写真だと厚さが薄く見えるが、かなり中綿が入っている上、縫製もしっかりしている。全く傷んでいない。
丈も身長178cmの私の足首近くまであって、過不足なく体が納まる大きさだ。

よくよく話を聞いてみると、両親が結婚する際に母方の祖母が母に持たせた嫁入り道具のひとつだったと話してくれた。押し入れの中から出てきたらしい。
箪笥などの家具を持たせる話はよく聞くが、丹前を持たせていたとは。


母は母子家庭で育った。
2才のころに父を病で亡くしたため、あやしてくれた声も抱かれた記憶もないという。
唯一残った1枚の写真は、ビックリするほど私に似ている。
その母に祖母が持たせたのが、この丹前。
お店で購入したのではなく、全て手縫いの仕上がりになっているのに驚かされた。
中に詰めた綿が着ている最中に偏らないように、丁寧に縫い付けられている。
手に取って触れているうちに考えた。祖母はどんな想いで一針一針を進めていたのだろうか。3月の嫁入りに間に合うように、恐らくこの時期、指先に息を吹きかけながら縫い続けたのであろう。まだ暖房器具が十分ではなかった昭和30年代終盤の頃のことだ。

「結婚しても着んかったんよ。何でかねぇ~。あるのは覚えとったけどね。今ごろになって出てくるなんて。きっとあの世で大笑いしとるんじゃない?」とほほ笑む母。遠い記憶が蘇ってきたのか、少し嬉しそうだ。

その丹前は、今、私のかけ布団の大切な1枚になっている。かなり暖かいし、サイズも丁度いい。祖母は今年の春、二十五回忌を迎える。そんな節目の年に娘に託した丹前が出てくるのは、偶然ではない何かを感じる。

そして、驚くことがもう一つあった。
父も結婚する際、父方の祖母から丹前を贈られていたのだ。
それが、こちら。



押し入れから一緒に出てきたらしい。母のそれと柄も色もサイズも本当によく似ている。

2人とも山口県の周防大島出身。

「あの当時は花嫁も花婿も関係なく、それぞれ自分の子供に持たせたんじゃろうね。」と母。

その横で父は笑っている。

最近父は、その丹前を布団の一番上にかけて寝ている。

立春は過ぎたが、春とはまだ名ばかりの日が続く。丹前はまだまだ手放せそうにない。

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