9月の中旬になりました。
気象庁が発表していた長期予報通り猛暑になった今年の夏もようやく終わりを告げてくれて、ほっとしています。
去りゆく夏を惜しむなんてよく言われますが、今年はあまりの暑さに耐えきれず、
早く去ってくれ!このクソ暑い夏野郎めが!!と思っていたので、実はほっとしているどころか、
嬉しくって仕方がないというのが正直な思いです。
夏が過ぎたあと時々話題になるのが、夏の思い出。
宿題が間に合わずに親に叱られた人の話をよく聞きます。
この歳になると宿題なんて当然無いわけで、自分の子供時代のことはさておき、
叱る側に回っている同級生がたくさんいます。
子供の頃は一年一年その夏にあった印象的な出来事は結構鮮明に覚えていますが、
大人になって就職してしまうと、よほど大きなことがない限り、
この夏の思い出って何?って聞かれても、とっさには出てこないもの。
家~野球場~会社~家~再び野球場~再び会社~家というサイクルにはまってしまい、
今年もまた、見事なまでの運動不足体型が完成してしまいました。
そんな例年とさほど変わり映えのしない夏を過ごしていた一柳ですが、8月の末にちょっとびっくりすることがありました。
自宅の軒下に、蜂の巣を発見してしまったのです。
最近ちょっと蜂を見る機会が多いなぁとは思っていました。
実はうちは過去に何度か蜂の巣を作られたことはあります。
巣を見ること自体にはそれほど驚きはしないのですが、今回のはちょっとデカい。
大人の握り拳なんてもんじゃない。はるかにデカい。
どうしてこんなに大きくなるまで気が付かなかったのか?と思いましたが、もう遅い・・・。
というわけで、駆除することにしました。
とはいえ、相手は蜂。ミツバチのように愛くるしいのなら放っておこうかなと思いますが、よぉ~く見るとアシナガバチだ。
スズメバチほどの凶暴性はなくても、刺されたらきっと痛い。いや、100%痛い。
そういえば、小学生のころ近所の家に出来ていたアシナガバチの巣を覗き込んでいたら、
ふくらはぎを刺されたことを思い出した。
でも、そのままにしておくことは出来ない。男一柳、蜂の巣の駆除に乗り出しました。
駆除するならイッキにしてしまった方がいい。
というわけで、何時ごろが一番たくさんの蜂が巣に戻って来ていそうなのかを父に聞いたところ、夕方だと教えてくれた。
「そ~か、夕方なのか。いや、待てよ。
スズメバチは夕方は気が立っていて危険だと、テレビが言っていたぞ(うちはアシナガバチだけど・・・)。」
でも仕方がない。決行時刻は夕暮れ時と決定。
刺されないための工夫は?
「スズメバチは黒いものを見ると興奮するってテレビでは言っていたぞ(何度もいいます、うちはアシナガバチなんですけど・・・)。」
というわけで、暑いけど全身白づくめの長そで長ズボンに着替えた。当然髪の毛も隠すため白い帽子を被って。
殺虫剤はどうする?「蚊取り用のやつが家にあったので、それを使おう。効果が無かったらどうする?効くと信じて使おう。」
てなことを考え、西の空があかね色に染まっていたある日に決行しました。
巣を見ると蜂がいるいる。数なんて怖くてとても数えられない。皆お尻の辺りがヒクヒク動いているではないか。
あの中に毒針があるのかと思うと、ちょっとひるむ・・・。
腰を引きながら近づいた末、殺虫剤スプレーのボタンを押した。
「えい!!」
白い粉が噴霧された。しかしこの粉の勢いが、ことのほか弱い。
「しまった、テストしたときには、あんなに勢いよく出たのに・・・。」
巣に届くかどうか微妙なところまでしか広がらない。
しかも驚いた奴らが出てくる出てくる。
こうなると取るべき道はひとつ。逃げるしかない。全力で逃げた逃げた。
俺ってこんなに足速かったっけ?というくらいの速さでした。
奴らは羽を持っている。追いつかれちゃいけないもんね。
一目散に玄関まで回り込んで、戸を勢いよく閉めた。
「ああ~ぁ、びっくりした。」
翌朝確認に行くと、数匹が地面で成仏していました。でも大きな巣はやはり健在。
「もう一回やらんといけんね。」と思いながら出勤。
その翌日だった。帰宅したら父が明るい声で
「蜂の巣、落としといたで。」
更に
「あんなもん、シャーッ!!ってスプレーかけたらすぐよ。」だって。
さすが昭和ひと桁生まれ。根性が愚息の私とは違う。
今年のGWも終わりました。
特に5月の3・4・5日は珍しく雨の心配を全くせずに済んだ3日間になりました。
今年は菓子博もあった上、毎年広島市内中心部でフラワーフェスティバルが開かれます。
弊社にとって、これは全社的な大きなイベント。
セクションを問わず、ほぼ全員出社になります。
例年この3日間の何処かで雨が降るというのが定説のようで、私の入社してすぐに先輩方から
「フラワーの期間中は3日間共に晴れたためしがない」と聞かされました。
実際は3日間全て晴れた年もあったのですが、
とにかく晴れて欲しい・・・という願望がそういう言葉となって言い伝えられてきたのでしょう。
毎年アナウンス部員は総出になります。
私も去年は一番大きなステージ=カーネーションステージの進行役でしたが、今年は完全にノータッチでした。
出張で東京へ行っていたからです。
まぁ~、人の多いこと多いこと。広島駅に着いた段階から大混雑。
新幹線指定席は窓側の席は当然取れず、通路側の席へ。
一つ前の席には1~2才の女の子を連れた若い夫婦が乗っていました。
その女の子は途中から身を乗り出して、私の方を見ているのです。何て愛くるしいのでしょう。
幼い子に見つめられると笑顔でそれに応えようとするのが人の常。
色々な表情を作って相手にしてあげたら、とても喜んでくれていました。正直めちゃくちゃに嬉しい。
名古屋が近づいてきた。
両親が下車の準備を始めました。その女の子ともお別れの時間が近づいてきました。
バイバイをしてあげたら、私の方にトコトコと歩いてきたそうにしていた。
私としてはかなり嬉しい。
でも両親としては、よそ様に迷惑をかけてはいけないと思ったのでしょう。
「すみませんね~。」と言って顔を合わせた瞬間、お互いが声をあげました。
「あああ~っ!!」その車両の端っこまで響きわたるような大声を。
その幼い娘の父親が、私の知り合いのスポーツ新聞社の記者だったからです。
こんな偶然って凄いと思いませんか?
私は東京へ。彼ら親子3人は名古屋の知人のところへ行く最中だったとのこと。
数少ない休みを使っての家族サービスだったようです。
なんだか私を含めた4人がホッとするような出来事でした。
そして帰りは黄昏どきを迎えた東京駅でのこと。
新幹線の車内で通路を挟んでの向こう側に一組の老夫婦がいました(今度は知り合いではありません)。
着席した瞬間に、奥に座っていた女性が泣き始めました。
窓越しに、これまた2才くらいの男の子が手をふっているのです。
可愛い孫とのしばしのお別れはとても切ないもの。
隣の旦那さんとおぼしき男性がそっと慰めていました。
数年前にまだその位の年齢だった姪が自宅に遊びに来たとき、
私は出勤するためにバイバイをしたら、とたんに大声で泣かれてしまった。
さすがに私は泣きはしませんでしたが、
幼い子に泣かれたら大人としてはとても切なくなったことを思い出しました。
車両が動き始めた数分後、その女性はモリモリ駅弁を食べていたのには笑いましたが、
今年のGWの民族大移動の中、どんな出会いがあって、どんな家族愛が生まれたのか
ちょっぴり考えた一柳でした。
年末です。先生も走り出すといわれる慌ただしい時期を迎えました。
では、アナウンサーはどうなのかというと、人によって全く違います。
情報・報道系、バラエティー系の人は、年末年始の特番用のロケや取材がたて続けに入るので多忙になります。
(特に今年は衆議院議員選挙が入ったことで全社的にてんてこ舞いでした。)
で、私のような社内では少数派のスポーツおしゃべり軍団はどうなのかというと、実はこの12月が一番ホッと出来る時期なのです。プロ野球が一段落し、各自担当の他の競技も12月上旬だけは大きな試合がありません。というわけで、この時期に少しまとまって休みを取る人が多くなります。
あなたは長い休みが取れると何がしたいですか?
私はまず一番に思うのは、定番ですが海外旅行ですね。しかもここ数年は円高だし、海の美しい南の国にでも飛んでマリンスポーツを楽しみたいのですが、世の中そんなに甘くない。
海外に一人で行ってもつまらないし、そんな勇気もない。誰かを誘いたい。でも、だいたい12月は年末を控え、世間は一番忙しい。そんな時期に大手を振って会社を休むのは、相当な覚悟と勇気がいるはず。
なので、結局単独行動でぶらぶらするのが近年の私のパターン。
今年はどうしたのかというと、そのうちの一日は呉に行っていました。ずいぶんと近場だ。
なぜ呉なのかというと、大和ミュージアムに行ってみたかったからです。
呉はスポーツの取材や実況で一年に一度はお世話になっている地ですが、最近は仕事抜きでいったことがありませんでしたしね。
いつも行くときは車でした。でもたまには電車に揺られてみるのも良かろうと思い、JRを使いました。
呉線に乗るのは本当に久しぶり。はっきりとした記憶が残っているのは高校3年生の夏、甲子園大会の県予選で二河球場に行った時くらい。負けたら終わりなのでハイテンションになってしまい車中のことは全く覚えていませんが、大人になってから見る車窓からの風景は実に美しかったですね。
この日は朝から晴天に恵まれていた。波静かな青い海のきらめき。向こう側には深い緑の島。
その間を高速船が通ると、後ろには長く白い軌跡が。そして私の横には眠りこけている大学生・・・。
もたれかかられても全然気にならない。
対向列車の通過待ちもあったような気がする。これは単線ならでは。
見るもの全てが新鮮なので、待ち時間があってもそれはそれで、いとおかし。
一番笑えたのは呉駅に着く2~3手前の駅でのこと。
停車中に山手側を見ると、駅のすぐ横の竹やぶにドラえもんのぬいぐるみを発見。
しかもそのドラえもんはブランコに乗っているではないか。風が吹いて竹やぶが揺れると、ブランコも揺れる。
まるでドラえもんがこいでいるかのように見える。
多分近所にお住まいのかたが作ったのでしょうが、あの遊び心に、その人の発想の豊かさを感じました。
昼の呉の街も散歩したかったのに、大和ミュージアムをじっくり見すぎた関係で、いつの間にか夕暮れ時に。
あとは、てつのくじら館にしか行けなくなってしまった。
これが夏だったら、あと2時間以上は街歩きができたはずなのにと思いながら、暗くなったホームで電車を待った。
あの日感じたのは、車窓から見た景色の美しさ。そしてちょっとだけ鉄っちゃんの気持ちかな。